2010年6月9日水曜日

[思考]音楽の聴き方

ここ数日、アナログレコードをデジタイズしています。引っ越すこともあり、レコードで持っていなくてもいい楽曲が入ったものは、デジタイズして盤は処分してしまおうと。なんだかんだ10年程度、(わかりやすくいうところの)クラブDJをしていますが、機材環境がない、出張形式のDJの機会が増えてきていて、PCでDJする事が多く、どのみち必要な事で、よくも悪くも時間があるので、取り組んでいます。

(ちなみに、クラブではPCかCDかだったら、CD派です。PCは設定に時間がかかるし、自由が利かない。BtoBできないし。デジタイズしたもので、クラブ用にはCDを焼くつもり。しかし、2010年代、CDJはデフォルトになりました。2000年はまだCDまともに使えないハコありました。)

これを考えていたときに、全部デジタイズして処分してしまえばいいじゃないか、とも思ったのですが、それは何か違うなと思ったのです。音楽の種類によってはレコードの方がいいと感じるものもあり。何でしょうか。(たぶん個人の趣味でしかないんでしょうけど)例えば、ピアノもののクラブミュージックは、レコードのほうが鳴りがいいような気がする。

買ったものの、結局、現場に持っていってないものは、とにかくデジタルにしてしまえーって思って、それに該当する、ハウス12インチは結構あるのですが、いざ、針載っけて聴いているうちに、うーん、やっぱり残しておこうって思ったり。

割とざっくりした作りのクラブミュージックは、レコードで聴いていたほうが、気分がいいなと思いました。逆に、結構作り込んであるような曲は、CDでかけてももったいない感じしなさそうだったので、デジタイズ対象。

正直、理論そこまで知らないので、なんか間違ってるかもしれませんが、感覚だけではそう思いました。単純だけど、グルーブ感あるものはレコードの方がいい。結構、情報詰まってる感じのものはCDの方が本来いいのではとも。

他に判断としては、そんなにレトロ志向でもないので、ディスコものはほぼデジタイズ対象。もう、何度もCD化されているようなものは、デジタルで持っていればいいかなと。あとは、アルバムで持っているけど、使うものはそのうち1曲とかいうのも、デジタイズ対象です。(当然、なんとなく全体的にいいものは、そのまま持っておこうと思います。いい作品ということだし。物に寄る。)

CD時代以前の、その当時市販されていたであろうレコード楽曲に関しては、そのままレコードで持っておこうとも思いました。その当時の技術環境が楽曲制作にも反映されているでしょうから、当然なんでしょうが、レコードの方が合ってるなと。使っている楽器構成も影響ありそうですね。


単純に、クラブにわざわざ持っていかないようなものは、デジタイズ→処分対象かなと思っていたのですが、意外とそうでもない。レコードで聴くべきだ、というものもあるもんだなと。レコードの方が似合う楽曲がある。CDの方が似合う楽曲もある。

そういう意味で、今後、シチュエーションによっては、わざわざターンテーブル持っていってDJした方がいい、という判断もありそう。記録メディアが自由になった今、「音楽の存在の仕方」というのも、考える時代なのかな。


世代背景(物に対する価値観とか)の話にもなりますが、ターンテーブルよりCDJを先に揃えた自分としては可能な所はデジタル化していってもいいと思っています。PCDJ導入には、結構、悩みました。シンプルなのはレコードだと思っていましたし、安心感がある。でも、自分のやりたいことは、DJ環境がないところでDJをやることだ、という事が大きかったので、そのためには、PCDJは本当に好都合。電車で移動できちゃう=自動車運搬経費削減=機会増大(ここもっと欲しいけど・・・)。

ちなみに、デジタルの音声ファイルはAIFFで使用するつもり。とある、DJもPAもなさってる方のブログでのご意見にも触発され、ちょっと悩んでCD音源はMP3化してしまってましたが、AIFFに記録しなおそうと思っています。データ容量に対しては外付けHDでなんとかなる。(ちょっとした夢は大容量内蔵SSDですけど。)


しかし、こう、一日中、音楽一曲一曲に向き合う、というのは気持ちがいい。BGMとして流しておくことはしょっちゅうですが、きちんと録音する必要があるので、目の前で向き合ってます。バックグラウンドミュージックではないですね。目の前ミュージック。MMM(謎)。

久々に、なんだかんだ自分は音楽好きなんだなと思いました。要は、音を目の前にしているのが好きなんだな。(ずっと続けていけるようにがんばろ。)

いろいろ考えるところはあります。(自分の表現の事になりますが、)音階に分けられたものだけでもなあとも思います。世間一般にかなり浸透している「音楽」というものですが、これは共通語みたいなもんだな、と思います。通じやすいものだと思うのです。

自分が自分とやらはなんだかんだと、やっていく時に、必ずしもこの共通語に合わせる必要はないのかなと。この自分語のDJができたら、それが自分なのかなと。(誰かに翻訳してもらえるようにもならないとな。)まあ、何か感じてもらえればいいだけだとは思いますが。


音と音楽とその存在の意味は、ずっと考えるんだろうな。

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