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2012年8月15日水曜日

8月19日 Club SHIDAX 5095!! by KARAOKEDISCO!! [DJ]


渋谷のカラオケボックス、シダックス5095号室(50名パーティールーム)にて、
Club SHIDAX 5095!! by KARAOKEDISCO!! を開催します。

昨年から始めた、カラオケ効果のあるクラブイベント" KARAOKEDISCO!! "の舞台として、いよいよ、カラオケボックスをクラブ活用します。

"踊って歌える" DJをベースに、カラオケ要素のあるLIVEパフォーマンスや、DJの選曲でお客さんがカラオケできる時間等、身近なカラオケ環境によって、日本人っぽいクラブイベントが組み立てられるか、という試みです。

今回は日常編集家のアサダワタルさんと共同主催です。カラオケボックスの現代的な活用法としての第一回、うまく行ったら全国カラオケボックスツアーもあるかも(まだやってもいないのに、既に京都版の話も?)。


Facebookイベントページ

KARAOKEDISCO

アサダワタル


『Club SHIDAX 5095!! by KARAOKEDISCO!!』
2012年8月19日(日)13:00~17:00
at 渋谷シダックスビレッジクラブ 5095室
DOOR:¥2500(直接5095室へお越し下さい。)

DJ : codacodaDJ(國府田典明/KARAOKEDISCO!!)
MC(司会) : アサダワタル(日常編集家)
LIVE:ヌケメ/エロエ/MESSY
VJ:大口遼
Graphic:吉田憲司
映像記録:山田酩酊
スタッフ:木嶋雅史
特別顧問:景山泰考
and more!!

2012年6月10日日曜日

ソケリッサ!カフェ

きょうはソケリッサ!カフェのスタッフをやってきました。
主宰のアオキ裕キさんとは、昨年の大野フェスで出会いました。その後、4月に当方で開催したラダックイベントにアオキさんが参加してくださり、その際のモコメシのフードで人をもてなす所の興味を持っていただきました。緊張感とは真逆の、くだけた感じの公演を行いたい、との打診をいただき、お手伝いさせていただきました。という訳で"カフェ"だった訳です。

ソケリッサ!には、非常な程、作品づくりの原点に立ち返るきっかけを、いつも与えてもらえます。表現とは、技術だけではない。きょう考えていて気づいたのは、ソケリッサ!のダンスは、「仕草のダンス」なのではないかと思いました。その仕草に触れたときに、妙な安心感だったり、共感だったり、しかし、人目を気にしない熱心さや丁寧さの表現に目を惹かれるのです。

一見、ダンスなんてしなさそうな風貌の方々が、あそこまで繊細に身体表現を行い、そして、メンバーの中で、感じた事を素直に言葉にするところに、ダンス表現の希望を感じます。

ソケリッサ!に関われて嬉しく思っています。(ヨコウチさんの常に平身低頭なところが特にファンです。男ですみません。)

7月15日には井の頭公園で、なんと無料の野外公演ぜひ見に来てください。私は音響で参加します。

ソケリッサ!

2012年4月1日日曜日

4月7日 ラダックの生活とトーキョーの生活 ~ちょっと立ち止まって考えてみる~ at 渋谷SUNDAY ISSUE [TALK]


facebookと会場のSUNDAY ISSUEのサイト(素敵なイラストをSUNDAY ISSUEさんに描いていただきました)で、告知しております。ぜひご覧下さい。

企画の概要はそちらをご覧いただきまして、私として改めて、どのように考えようか、記してみたいと思います。

この企画を思いついたのは、告知の紹介文の通り、"適度"な生活とはどの程度か、考えてみたいと思ったからです。何が適度かといえば、物量やエネルギーや資金といった事でしょうか。

私は東京で暮らしています。大した収入はありませんが、つい物を欲しいと思ってしまいます。大した収入がないので、家賃や生活費、税金の事など常に何となく心配です。
なぜ、物欲があり、そして何となく心配なのか。収入があれば解決するのでしょうか。

過剰さを感じ始めたのは、ここ10年の事と思います。ここではざっくりとごく個人的に事象を挙げてみます。
2000年頃から、東京では"カフェ"ブームがあって、何かDIYである事だったり、自然志向のような流れが始まり、「大きく合理的」にという発展傾向が「小さく人それぞれ」のように変わり始めたと感じています。00年代半ばには、エコバッグなどが流行ったりの"エコブーム"もありました。00年代終盤になると、世界経済の"不安"という事が話題になって、都市ではシェアハウス、田舎への移住という事も起きています。(いろいろ端折ります。)

要因はいろいろとあるのだと思いますが、00年代初め頃からインターネットが普及しはじめ、パソコンを一人一台持ち、個人レベルで印刷物やWEBサイトを作る事が出来て、DIYである事を加速させたし、情報の種類も増えたので、価値観のバリエーションも広がったと思います。

私はたまたま、時を同じくして00年代前半に美大に通ってデザインの事をやっていたので、その辺りの事に興味がありました。どちらかというと「小さく人それぞれ」派です。「個人」がどう仕事をしていくのか、どう生活をしていくのか、世の中としてもがんばり次第で可能になりましたし、どう意図して生活していくかは重要になってくると思いました。大きい会社に入ると、それなりに安定する事は何となく感じていましたが、そこにも意図をもたないと、自分の満足は得られないだろうと感じていました。

私は勉強不足なので、学術的に説明はできませんが、日本の経済成長を支えて来た大きな組織(会社)が、20世紀の考えのまま「物を売る事」を第一義にしていては、単純に考えても、物が過剰になるし、原料は枯渇する、という事になってしまう。当然変えようはあるのでしょうが、自分がそれをやる気にはなれませんでした。

世の中的に「もう何が売れるのかわからない」のような事を見ながら、本質を問われる時代になってきているんだろうなと、感じています。


「小さく人それぞれ」派の私は、都市で生活するのがいいのか、田舎で生活するのがいいのか、しばらく考えていましたが、これについては、都市で活動したいと思いました。やはり、人にとって必要な発展はあっていいと思うのです。これは必然として発展の欲求もある気がします。また、芸術に関わる事が多いですが、これは見る人がいて価値を持つものですし、都市的な活動と思います。(地域的田舎も都市生活化しているという話もありますが。)


ただ、その発展の裏にはリスクもあって、リスクまで考えて行動できるか。これは誠意みたいなものと思います。

経済構造の話と、資源の話と都市・田舎の話が混在していますが、関連はあると思っています。そして昨年、ラダックに旅行し、日本でもなかなか遭遇できない、「生きる事」が第一義にある文化に触れる事ができました。

ラダックで生活する事の満足感と、東京で生活する事の満足感。これは異なるものです。しかし、どちらも同じ人間が得るものですし、生きていくために、食事をして、雨風寒さをしのぐ事は同じようにしているのです。この違い間を、一市民なりに考えてみたいと思いました。私は特に専門家ではありません。一緒に考えて頂けたら幸いです。

2012年4月7日(土)
OPEN 18:00 START18:30
ENTRANCE:¥3000(1ドリンク、フード含む)


○トーク出演者:池田悦子 スタンジン・ワンボ 山本高樹 津田和俊 
○司会:國府田典明 小沢朋子

○予約方法:welcome[at]codacoda.com へメールにて
件名に「4/7イベント」、本文に参加をご希望される全員のお名前をお知らせ下さい。(facebook上 國府田典明へご連絡頂いても結構です。)

○定員:30名程度座席を用意致します。参加者多数の場合、後からお越しのお客様は立席となる場合があります。

○会場:SUNDAY ISSUE
東京都渋谷区渋谷1-17-1美竹野村ビル2F
03-3797-1288
http://www.sunday-issue.com/

○主催:國府田典明(codacoda)小沢朋子(モコメシ)
○協力:SUNDAY ISSUE




2011年12月31日土曜日

KARAOKEDISCO 第一回 ありがとうございました!!

KARAOKEDISCO 第一回無事に行う事ができ、そして初回にしてはかなりの盛会となり、本当に有り難うございました。

一人でDJする企画もののイベントで、果たしてどれくらいの方々に来て頂けるか、そしてどういう結果になるのか、正直、どう転ぶのも自分次第だったのですが、皆さまにご参加頂いた事で、非常に面白いイベントになりました。

そのような訳で、調子にのって、次回は3月の開催を目指していきますので、引き続きチェック頂ければ幸いです。

こちらのページで、随時、お知らせとコミュニケーションしていきます。
http://www.facebook.com/KARAOKEDISCOJAPAN

それでは、皆さまにとって、2012年がよい年になりますよう、お祈り申し上げます。
本当に有り難うございました。

ジャパニーズローカルバンザイ!!

codacodaDJ / 國府田典明

2011年12月14日水曜日

12月29日 KARAOKEDISCO at 秋葉原MOGRA [DJ]

年の瀬も押し迫って参りました。今年はいつにも増して、心労多い年だったと思います。いろいろな常識が変わってしまいました。地は揺れるもの。放射能は存在するもの。

ただでさえ、エネルギーはどうするんだ。いつになったら日本の借金はなくなるのか。年金はもらえるのか。子供は育てられるのか。他国を口説く能力があるとは思えない日本が、世界に対して政治力を発揮なんかできるのか。はたまた朝まで大音量で音楽を楽しんじゃいけないのか。

考えは尽きません。
でも、時は流れます。そして年末は来ます。
来年だって再来年だって、生きて行くんです。

口にはしないけど、心の底には何か憂さがあるんじゃないかと思います。事が解決しなければ、払拭できない。この先どれくらいの時間がかかるのか。共に生きて行くしかない、という、覚悟を持たされた一年だったと思います。

どうせ大変なんだったら、気持ちだけでも明るく持ちたい。
そんな訳で私ができる事をやりたいと思います。
どうぞ踊って歌いに、声を出しに、叫びに、いらしてください。

KARAOKEDISCO|カラオケディスコ!!!
DATE:2011.12.29
TIME:18:00〜22:22
DJ:codacodaDJ(國府田典明)
CHARGE:¥2300/1d

公式サイト:http://codacoda.com/karaokedisco/
Facebook:http://www.facebook.com/KARAOKEDISCOJAPAN
↑Facebookページでは皆さんが踊って歌いたい曲を投稿できます!!ぜひご参加ください!!

2011年8月14日日曜日

[意見] 表現と政治と新しい時代

墨田の現代美術製作所で開催中の「アトミックサイト」展を見てきた。
現在日本で起きている状況、原発事故の問題が、きちんとアートに昇華され、目の当たりにできる展覧会だった。入場は無料なので、東京近辺の方は、美術関係者ならずとも、一般的に見やすいものになっているので、ぜひ一人でも多くの人が触れて、現状を考える一つの機会になってほしいと思う。

率直な感想は、この期間で発表できている事が素晴らしいし、この展覧会を行う事が、現状の日本社会に対しての一つの行動になっている事にも価値がある。元来、芸術がもつ社会的役割が行使されている。

現状、日本の多くの表現に関わる人々は、2011年の今の状況について、何かしら考えを発信しているだろうか。それは、何も専門領域にとらわれず、ブログなどを用いて文章で表現してもいいと思う。

自分自身も感情はもどかしい。今起きている状況を自分なりに理解して、どう行動すべきか見極めたいと思っている。問題と思う事があまりに多過ぎて、何をどう調べていくべきか迷う。4月と6月に宮城へ行って津波の被害の片付けの手伝った事ぐらいしか、行動に起こせていない。

この困難に直面している状況においても、個人的に直接の支障がなければ、今までの通り仕事を続けることも、生活をすることも、大事な事だと思う。ただ、もはや時代が変わってしまった訳で、「仕事」と「生活」ともう一つの事をやっていく必要に迫られていると思う。

それは、地震からの復旧、原発事故の解決、311とずれるが円安やデフレの経済的な問題の解決、これらは「政治」だと思う。どうやって政治を民が動かせるのか。日本は、学校で習って来たような「民主主義」国家なのか、少し疑問に思う事さえある。民主主義を行使できているのだろうか。

素直な実感として、仕事と生活に政治の存在力がない。ニュースで報じられている事も、感覚的には一番組に過ぎず、報道ではなんやかんやいっても、目の前の生活は、昨日のような一日を今日も過ごすという感覚だ。テーマパークな世界だ。

地続きの土地で問題は起きていて、どうも事実らしい。20年経って初めて身体に直接影響が出てくるのかもしれない。

ここ30年のうちで最も苦しい時代ともいえそうだ。こういう時こそ娯楽は必要だ。今までは仕事以外は娯楽だけでも良かった。しかし、もう政治に無関心ではいられないんじゃないだろうか。社会に対してどのような立ち位置と行動をとっていくのか、少なくとも表明する必要がある。そうしないと政治が動かない。

表現の事に話を戻す。表現者は別に仕事を持っている事もよくある。稼ぎの事の他に、常に何か考えるところがあって、それぞれの手法で表現を実行しているであろうと思う。その常に考える事の対象に、果たして政治が入っているだろうか。表現者は、思考を巡らす事は得意であるはずで、「今の状況がわからない」であってもいいのだから、何かを発するべきなんじゃないだろうか。

参政権を持つ以上、その権利を行使するために思考が必要だ。これを日本人の何割が行っているだろうか。そして、投票だけでは民意を反映できそうにない実感上、何かを発信していかなくては、何も変わらない。思いを伝えない事には、状況が変わらないのは多くの人はわかっている事だと思う。

一般的な報道ですら、少し疑いを持って調べなくてはいけない時代になってしまった。このまま東京に住み続けるべきか、これが極論なのかどうかという事は、自分で判断するしかない。自分がどこに住むのか、そのような個人の判断はそれぞれの勝手だ。これからどうやって原発の事故の片付けをやっていくのか(安心して東京で暮らしていく事も含まれる)、このような公共的な判断は政治に反映していくべきものだ。判断しない事には、精神的にまともに生活できない。

既に起きてしまった。どこかであきらめるしかない現実を片隅に持ちながら、それでも、少しでも満足できる人生を送りたくないですか?

表現できる人は少しでも、何かしらの方法で今の問題に触れるべき。そのような作品(発信したもの)に触れた人々はその機会を通じて生活に立ち返り、行動すべき。芸術の存在は娯楽性だけじゃないでしょう。「楽しければいい、格好良ければいい、何となくいい」だけではテーマパークだ。行動してはじめて、日本に文明的な時代が来るんじゃないだろうか。

今、変わり目。前向きに捉えれば、新しい時代が作れるチャンス。

2011年8月5日金曜日

[思考] これからの生活のための日々の思考

普段本をまず読まない自分が、久々に欲求的に買った本がある。

『言葉の力』猪瀬直樹著。この本では、本を読んで思考力と言語力を磨けと、書いてある。
そう諭されたいと思って買った訳ではないが、奇しくも、主題の状況と自分の状況が当てはまった。

この本にたどり着いたのは、猪瀬氏のツイートによる。氏をフォローしたのは震災直後に情報を収集する一環だった。久々に本を買う事に決めたのは、あきらかに変わらざるを得ない今の日本の状況で、自分はどう考えて行動するべきか、ヒントが欲しかったからだ。

自分が税金を納めている東京都で「言葉の力再生プロジェクト」というものが、進められている事は知らなかった。(都報などをきちんと見る必要もあるのだろうけど。)一応、頭でわかっていたが、東京都のツートップが作家である(実際は副知事は4名いるけど)、というのは、自分も芸術に近いところにいる立場としては、ある意味誇らしい事なのかもしれない。表現というものは、思考の結果みたいなものだ。日々思考している訳で、これは何も、芸術作品に対してだけ行う訳ではない。普段の生活に対しても、問い、考えて、行動する、という事をやっている。(自分が到達できているかは、また別だけど。)

この時代、どういう意図で生活をしていくのか、という事が、なかなか見えて来ない事がよくある。「生活のため」(生活"資金"のため)というのは、僕らの時代に通用させてしまっていいのか、少し悩む。これは、親世代がやってきた事であり、障害がないのなら、その先を目指すべきだと自分は思っている。

この事を、10年程、何とかできないものかと思って、生活してきている。物事を考えるという機会を与えてくれた芸術という手法は、自分にとっては有り難い。美術大学で学んでよかったと思えるのは、そういう思考回路になった事だ。(厳密にそのような方向付けになったのは、高校時代の進路指導による。初期の宮城県宮城野高校では貴重な経験をした。)

(まだ、作品に昇華できている考え事は無い。何も作品にする必要はないんだけど。だが、自分の生活や行動には、その考える思考回路は活きていると思っている。このように文字を書き(打ち)ながら考える事も、ままやる。ただ、自分は本を読んできていない。確かに、知識は欠けているんだろう。)

果たして、進路指導や就職活動は、そのような事について考える機会を与えていただろうか。目的はどこだったのか。実際に、会社の規模はどうであれ、その社員の方々は、その担っている現場の事を真面目に取り組んでおられるのだと思う。この事が、日本においては、基本的な部分で安定した生活ができる、という状況を作っていると思う。

ただ、どうにも先が見えて来ない、国として借金が増え続けている状態を、どう突破するのか。目の前にある仕事を真面目にやっているだけで、この問題が解決できると、いまいち思えない。いつか限界を迎えて、悪い方向に崩れてしまう事がないだろうか。

エネルギーや資源の問題と同じように、経済社会においても、いつまでも無理は通じないと思う。資源の限界と経済の限界は、関連しているだろうと思うからこそ、いかにサステナブルなデザインを行っていく事が大事か。これに取り組んで行きたいと思っている。

というような事を書き連ねる時に、たぶん自分は知識が足りないんだろうな。だから、主張が曖昧になるんだろうな。20代があと2ヶ月で終わってしまうが、本を読み始める、いい機会なのかもしれない。

2011年8月2日火曜日

[思考] 世界の端っこの国ニッポン

世界の陸地を中心に見れば、やっぱり日本は端っこの国だ。
アジア圏においても東端。
人口は1億3千程。
人種はほぼ単一といってよく、宗教は神教・仏教だが多神教体質、島国体質、
第二次世界大戦後の天皇象徴化、西洋化の影響で、ほぼ無宗教といってもいい。
勤勉な性格が根底にあり、集団行動が得意。
世界有数の大都市、東京が首都。現代的な都市がいくつかあるが、山間部など緑地面積も多い。
本州・九州の各都市間には新幹線が走り、狭い国土ながら飛行機は各地に飛んでいる。
生活環境におけるテクノロジーは世界最高水準で、携帯電話は人家エリアの99%に到達していると言われる。
よほどの山中でない限りどこでも、インターネットには何かしらの手段でアクセスできる。
大抵の場所で移動しながらのモバイルアクセスも可能。
田舎でも水洗トイレが主流で、ウォッシュレットも普及してきている。
生活水準は、概ね均衡状態といえるが、都市部では家賃が高く、郊外や田舎では賃金が安いため、
一概に生活がしやすいとは言い難い。

TVの浸透率が高く、大手メディアの影響を受けやすい。
文化は各地にそれぞれの手法で存在するが、後継不足で成長、進化の可能性は低い。
田舎回帰の風潮もあり、血縁地縁とは異なる形での継承が上向く可能性も。

島国ゆえ、外国人の流入に慣れておらず、英語も通じにくい。
物価は世界的に見ても高いため、海外からの観光客は他の先進国に比べて、その総数は少ないと思われる。
そのため、ドメスティックな文化傾向になりがち。文化を輸入しても大抵、日本風味に味付けされる。

思考、解釈の水準はやや低く、消費趣味が高じている事が多く見られる。

基本的に真面目な人種であり、それぞれが主体を持てば、かなり高度な文明社会が期待できるのだが、
大勢趣向で問題が表面化しにくく、実体は無関心社会であるという面もある。

勤勉な性格を反映して、優秀なデザイナーや研究者は多い。
高度なデザインを行う事ができるが、技術ベースになりがちで、世界的に通用するテイストはなかなかない。
職種のバリエーションは、かなり多岐に渡るが、これも国内的なものが多い。

本質的に良いものは、大勢趣向と逆に位置しやすく、一般的なガイドブックやメディアで取り上げれられる事が少ない。
実際には、探す事でかなり多くの「良いもの」に出会える。

アジアの、世界の「端っこの国・日本」は孤高なのか。孤独なのか。

(インドに行って思った事)

2011年7月3日日曜日

[日記] いろいろありすぎる国



こういう性格の国に来ています。


このカラーの国旗インドより。
あれ、カナダ???

1日までデリーに居て、
昨日からは、北のマナーリという避暑地に来ています。
5日にさらに北、レーへ向かう予定です。




僕の中ではインドのDJ TARO (デリーでお世話になった運転手サガェール)

マナーリのサイバーカフェという、トランスがかかってるインターネットカフェより。
(もしかしたら、一昔前のゴアっぽい人たちは、クルー渓谷あたりにいたりするのかな。)

2011年6月13日月曜日

[実感] 通う

10日の晩から昨日までの週末で、宮城に行ってきた。
東京に住む高校時代の友人と7人での団体で。
前回、お金をかけ過ぎてしまったので少し迷ったが、
通う事を実現するために、行ってきた。
実際の負担はだいぶ軽く済んだし、2度目が実現してよかった。
場所は同じく石巻市。無理せず続けるため同じ場所にした。

着いたとき、ボランティアセンターに集まっている人の多さは、
前回4月半ばに行った時と、同じ程度ぐらいか。別の場所にツアーの人々が集まっていたから、
その分多いのか。5月の連休を見ていないが、どんな感じだったのだろうか。
僕らは7人で車で向かい、僕自身石巻の手伝いは3度目だったのでリーダーとなり、そのまま班に振り分けられた。
心配だったが身内100%のメンバーなので、まあなんとかなるかと。

伺った先は石巻港エリア。目の前はちょっとした用水路、道路、工場でその先にすぐ海がある。
周囲は電線がまだ足れていたり、大きな瓦礫が横たわっていて、前回2度の場所に比べても作業量が目に見えて多そうだった。緊張したが、先方がかなり物腰柔らかな方だったので、作業しやすかった。

ニーズ表には、泥の掃き出しとあるので、家をまた使えるようにするために掃除をするのだと、つい思ってしまったが、聞く程に、最終的には家を取り壊すとの事。気になっているのは、家の衛生状態だという事だった。

人によっては、取り壊す予定の家を片付けても仕方ないと判断するだろう。
反面、貴重品が探し尽くせてなければ、なかなかあきらめる訳にもいかない。
ご本人は精神的にも体力的にも複雑であると察する。そこまでしか、どういう感じなのかはわからない。

ただ、泥を掃き出す。冷蔵庫を外に出す、(水で浮き上がり、下がった時に)洗面台にひっかかってしまった洗濯機を下ろして、外に出す。倒れかけの食器棚を安定させる。
泥を中を探りながら掃き出して行く。いくつか貴重品が出てきて、ご本人は喜んでいた。

気になる事を一つずつ片を付けて行く。
それで納得して前へ進んでもらう事、それが今回の作業とも思えた。

14:46、ちょうど3ヶ月目。狙った訳じゃないけど、現地で黙祷する事になった。
貴重な体験だ。

作業は気心しれた面子だったので、連携はかなりよく、がんばりきれたと思う。
泥の量はすごかった。

センターに戻って、報告書を書く。
推測するに、ニーズ表は全て言葉だけのやり取り。
可能ならば写真でやり取りする方が、より道具を準備して、人数も合った状態で作業できると思った。
依頼する側も作業量や状況を伝えきれているとは思えず。
センター側も受付の段階で、多少のカウンセリングができると、どういう作業をすればいいのか的確になりそう。
一日で終わらなかった場所は、その状況をやはり写真と作業者の立場でのコメントを引き継げば、情報を補完できそう。そのような提案、要望を書いておいた。
まず動く事が先決の状態だったから、今後、余裕が出てきたら少しづつそのような運用も工夫していければいいのか。

その後、気は引けたが女川へ。
道路際のがれきは撤去されていて、少しづつは進んでいた。でもその程度。
ちょうど、海からの冷たい風に変わったタイミングのようで、太陽の輪郭が見えるくらいの濃いもや。
ある程度より高い所が雲がかって見えない。
気温も夏を思わせる石巻と打って変わって半袖で肌寒い。
魚のような臭いが一面に漂っている。おそらくずっとここにいる人は慣れてしまって、感じていないかもしれない。
状況に加えて、そのようなシチュエーションとなり、たまたまだとわかっていながら、
なんでこんな景色になるんだと。

その後は石巻の道の駅で風呂に入り、イオンで食事。
なんか、ギャップが激しくて、どう考えていいものか。
普段通りできる事はやればいいので、その通りでいいのだけど。

日曜日は、松島の遊覧船に初めて乗った。
松島の外側の小島の様子も垣間見えた。
乗船客は観光のために乗っていて、町も観光船が動かなきゃ成り立たないだろうから、
それはいいんだけど、その景色をよく見れば、その小島の家も被害があるわけで、見えないけど、流されてしまったものは、その目の前の海に沈んでいるであろう。
なんかシュールで妙な感じだった。

次はいつ行けるかな。

一緒に行ったうちの一人、瀧さんのブログも合わせて読んでみて下さい。
http://takana.exblog.jp/15745668/

2011年6月3日金曜日

石巻からシンガポールまで[実感]

311以降、空気感の温度差が激しい。決して悪い事じゃない。

3月
<地震>↓
生き方変えなきゃならないか
抑制感

4月
<結婚式>↑
人の強さ
有り難み
希望感

<石巻>↓
物理的に起き得る現実を目の当たりにする
知る事による落ち着き

<大分>→
311以前の日常感
安定感

5月
<311振替舞台楽日>→
やっと進めた感じ
311以降の日常感

<シンガポール>↑
視野が広がった
ダイナミックな動きの傍らにいる事に気づく
発展感


地震を受け、変化した生活を受け入れた。しかし、基本的な事への影響は小さかった。

結婚式は予定通り実行した。有り難みと希望を頂いた。

その強みを持って、気持ちを地続きの苦労に向ける。ドメスティックな思考回路になる。

新しい時代をどう生きていくべきか。
日常をはじめていく。トルクが必要だ。

目に入ってくるものだけが全てとつい思っていた。
視野の外に大分、シンガポールが。傍らにあることに気づかされる。
動ける場所はある。安心も発展もある。

傾いた状況にバランスが必要だ。

良き方向への引っ張り方は、想像を超えるもので、しかも欲求的であると理想的。

これから新しい時代の夏を迎える。突き抜ける事でのバランスの取り方もありそう。

2011年5月23日月曜日

舞踏の音響 [雑感]

感触としては、演者と共に舞台に立っている気分。
実際、音もパフォーマンスする事を求められる。
ここ数年、何度かオペレーションをしたけれども、昨晩やっと取りかかり方が少しは見えてきたのかと感じた。

10年程、DJをやってきている。
いわゆる音響家としてのキャリアはなく、技術的な知識は少ないが、
クラブに限らず、雰囲気、時間の流れ、展開に関しては経験してきていると思う。

音響において、音質のキープは最低限必要。
この舞踏の舞台において必要な事は、"パフォーマンス"であり、
つまり、音楽鑑賞会ではないという事。楽曲の忠実な再現だけを求めない。

会場の特性を感じて、使用する楽曲の響き方をつかむ。
国柄、政情、街(環境)の雰囲気を感じながら、作品の展開、演者の集中度の流れに慣れる。
開場後に客層を眺めて、雰囲気も感じながら、アナウンス、BGMを使って、幕開けへ運ぶ。(既にここから作品が始まっている。)
幕が開くと、ホワイトノイズですら演出となる。(これが舞台上に立っているのと同じ緊張感。)
楽曲を楽しみながら、演者の動きに集中し、気を合わせて、時には耳に刺さるようなノイジーさも交え、時に再生音として、
適度なタイミングで楽曲の美しさを"使用"し、舞台上でダイナミックに変化する存在としてコントロールする。

DJブースで行っている事と重なる事が多い。
ダイナミックに変化する事を"見せる"事は、舞踏音響ならでは。
楽曲は演出家(今回は演者当人)が選ぶが、楽曲の型を借りた自分が舞台上に存在した時に、
その場の空気の瞬間瞬間にエモーションが生まれて、観客に伝わる事になる。

頭ではわかっていたつもりだったが、今回で実感した気がする。
とんでもない所にいる。有難。









2011年5月22日日曜日

海外仕事 [メモ]

目標はいかにストレスなく、やるべき事ができて、すべき時に集中できるか。

・外出にがんばらない
もったいないと思わない。この機会に休む時間だと思っておく。

・食事は適当に
初日になんとなく下見して、日系・グローバル以外、ローカル未満(ローカルチェーン)程度にしておく。二日同じでも良しとする。

・朝は1時間フリーの時間をつくる
のんびり軽く作業したりしておくと、現場でスムーズ。別に何もしなくてもいい。結局何かしら考えるので。

・メモとかしてみる
いつも以上に気にする事が多いので、やっておきたい事を忘れないように。

・仕事の1時間くらい前はフリーにしておく
昼寝とか。ストレッチとか。

・一人の時間ができるいい機会にする
いろんな意味で保養しておくと、いい状態で日常生活に戻れる。

8分目という感じで。
まあ、下っ端だからできる事かもしれないですけど。

つくる事 [メモ]

・思い込みで取りかかる
・遊んでみて満足する
・やってみて指摘される
・指摘を受け入れてみる
・改めて基本に忠実に。でもこだわる所はやってみる。

2011年4月16日土曜日

[感じた事] 今私たちにできる事は本当に小さい(けど・・・)

んー。

まず、事実のご報告。
14日、15日と、石巻市のボランティアに参加してきました。アーティストのタノタイガさんの情報もあり、受け入れ態勢がしっかりしていて、初心者でもわかりやすいので、参加してきました。

タノタイガさんのブログ

いろいろ事情が掲載されていますので、ぜひ見てみてください。4/6あたりから、詳しく載っています。基本的には4/7の記事と僕の時も変わっていませんでした。


石巻市のボランティアの拠点は、石巻専修大学です。
受付について「ボランティア保険」は、自分の居住地の社会福祉協議会で入っておくのが基本という事。
現地でも入れますが、たぶん、準備して行った方が、先方の負担が軽くなるんじゃないかと思います。僕は台東区で加入して向かいました。その場で発行され、次の日から年度いっぱい有効。振込のために郵便局に一度行くので、その時間は予めみておいた方がいいです。

予め準備するものリスト
・マスク(なるべくしっかりしたものがおすすめ)
・帽子or汗対策のタオルなど(頭ぶつけたときの緩衝にも)
・ゴム手袋(作業用のざらざらしたもの)
・軍手(ゴム手袋の内側用、汗対策)
・長靴(僕は作業靴型、つま先に鉄板は行ってるやつ。底はスパイク的なもの。)
・長袖(泥がついてしまった物をよく運びます。ケガ予防も。)
・ウィンドブレーカーなど(僕はスノボスーツ使用しました。)
・昼食(仙台などで調達、石巻でも可。)
・水など(これからは暑いので1リットルくらいあるといいかも。)
・携帯電話(緊急地震速報のために。鳴ったら即安全確保。)
・ゴミ袋(多めに、自分の汚れた道具などを入れておくために。)
・(できれば)ヘルメット

こちらも参考になりました。
石巻市のボランティアセンターのサイトもご確認を。様子を確認するために前日に電話するのもありみたいです。

で、一日目は、海からは割と内陸に入った石巻バイパス辺り、川を上った津波の被害を受けたお宅の1Fの片付けでした。失礼かもしれませんが、わかりやすく伝えると、街中が水槽の中に入ってしまったという感じ。一ヶ月経っても、家の中に水が残っている。




家の方々は、想像よりも雰囲気が明るくて、少しほっとしました(皆さん強いんです)。1Fにある水に浸ってしまったものは、全て処分するとの事でした。ひたすら、ゴミ袋に家財を入れていく、運び出す。タンスの服が水を吸っていて重くなっている。津波があった11日から家の中は時間が止まっていました。物の多さは生活感を物語る。しかし、泥だらけ。畳は水を吸うと、大人4人でも重い。ガラスの破片も散っている。燃えるもの、燃えないものをわけながら、片付けていきます。幸いに天気がよくて、ただ、青空を背景にした家財が空しい。


ボランティアはだいたい6〜9人程度のチームで動くようです。この日のリーダーはまだ20歳前の若者です。地元の子で、一番頼りがいあって、素晴らしかった。


石巻で出たごみは、今回の震災対策のための集積地に運ばれるそうです。100年分のごみの量だそうです。

石巻では、キャンプもできます。僕は友人知人に会うために、夜は仙台に戻りました。物も仙台中心部なら基本不足ありませんので、その意味でも。(でも仙台にいながら車中泊。意外にHONDA FITは居心地がよく。後部座席をフラットにして、寝袋で寝てました。
移動は、とにかく行きも帰りも、三陸道は渋滞。電車もしばらく走らないし、支援車両も多いです。一般車は時間を見て、石巻に行く時は仙台は6時台前半に出ないと混みます。できるなら一般道で。45号線は、そんなに渋滞しません。

仙台駅と石巻専修大学は、ボランティアバス、有料の宮城交通バスもあります。
自動車で乗り込む場合は、作業時に使用するつもりで(受付で申し出ましょう)。荷物スペースもあるといいです。道具を載せます。また、夕方以降は車がないボランティアさんの足(買い出し等)として協力してあげてください。

二日目、渡波町という石巻市では被害がひどい地域。

海に近く、こんなに水面近いのかと驚きました。

聞けば、70cm超地盤沈下したそうです。そして、昼にはこんな感じ。
調べたら、明日(16日)から大潮で、高潮の警戒情報が出ていました。
畳を出し、泥を掃き出し、最低限の作業をして継続扱いということで、昼過ぎに切り上げ。
二日間のボランティアの予定は、少し早く終わりました。


賛否の程はあるかと思いますが、石巻まで来ていますし、もう少し知っておこうと思い、女川まで足を延ばしました。途中は、それ程ひどくはないですが、いよいよ女川というところで、、、

女川港を臨んでいます。

少し左に。建物は女川町役場です。

女川バイパスを高台から臨む。


ここからは感情的な事。
東京から仙台へ東北道で向かいました。福島は高速とはいえ、路面が波打ってるという情報。さあ、福島県という県境の看板を過ぎたとたん、防音壁が崩れている。(何もりちぎに。。。)ここから、被害を目の当たりにし始めます。NHKラジオで、緊急地震速報を警戒しながら進みました。

路面波打つ東北道を走る。夕方だったので、対向車線は、いくつもの警察車両集団とすれ違います。仙台南ICで降り、286号で仙台市内を目指しましたが、目立った被害は見受けられません。
一安心。
段差は所々あるけど。紳士服屋の店内照明は、いまや東京じゃあり得ない明るさだったし。

中心部の駐車場で一泊して、仙台東部道路から三陸道へ。仙台市は東部道路より東で津波被害。高くなっているので、海岸線まで見えました。TVで見ていた光景を初めて目にしました。
ついに来た。

石巻の市街地に入るといよいよ、津波被害地を走ります。道にこびりついている泥で実感。乾いた埃が舞っています。マスクはあった方がいい。回収を待つ、家財が道の両脇に並びます。石巻駅周辺も見ましたが、とにかく、一ヶ月経ったとは思えない。そして、何年かかるんだという感じ。

ひと月、全国民が三陸に集合して、片付ける、それくらいの改革が必要と思わせます。
石巻でもそんな感じ。がれきの高さも、基本、人の目線の高さ程度。でも、これは、三陸の被害の序の口。

そして、女川。3Fくらいまでの高さで、壊滅しています。目に入ってくる景色が、裁ききれなくて。とにかく圧倒されてしまう。一気に、いろんな事を考えさせられてしまって、頭がパンクしました。変な汗をかいて、自分は何をしに来たんだと思って、居てはいけないと思い、引き返しました。車の中でうめくしかなかった。

ものすごい事実が広がっているんです。現状、宮城では南部〜石巻の沿岸はボランティアが入れるよう(未確認、だいたい聞く話しでは。)ですが、それよりも奥は今は自衛隊の総力レベルなのでは。もう一ヶ月が過ぎたんです。次を始めるのに、見通しなんてつけられない、というのが本音だと思います。

この現実の大きさに「今私たちにできる事」といって、東京で想像してやれること。
これは本当にちっぽけな事なんだと痛感しました。
メディアを通じて伝わるのは、数十分、数百分の一、、、。計り知れない想像をしても、わからないと思います。それでも、支援していかなければ、いつまでたっても次に進めないのです。そのような覚悟を、心のどこかに持って、そして一生生きていく必要があります。

同じ時代に生活しています。ぜひ、お手伝いに現地に来て下さい。地続きの土地でひどい状況が広がっています。最初は家の片付けでさえ、取りかかる時は大変だなぁと思いました。それでも9人でやっていれば、その日に目標は達成できて、苦しさはありません。結束して作業していけば、気は楽に進んでいけるんです。


またレポートに戻りますが、
女川から仙台に戻るのに、野蒜を通って帰ってきました。ここも、手がついていないのではないかというくらい、惨状が広がっています。申し訳なくて、写真は撮りませんでした。自分の記憶に留め、人に話しをして伝えていきたいと思います。

松島は被害が小さいそうです。このような大災害があっても、このように残ってきたのかなあと思わせられました。素晴らしいところです。七ヶ浜は、丘の上と下のギャップがあまりにもある。塩釜の中の方までは、ちょっとわかりません。45号線辺りを通っていくだけで、被害があったことはわかります。

そして仙台港の北にたどりつき、まだ日があったので、東部道路より東側の閖上に抜ける道路を走ってみました。ここは、、、。
語弊がないように。確かに、もともと田んぼ地帯ではあるんです。

荒浜小学校あたりはこんな感じ。


逆行で市街地が見えないのが憎い。

今日仙台は桜が満開になったそうです。


被害の範囲はとにかく広いですね。そして、その場所毎に事情があります。
全国ニュースは、福島の放射能問題がトップに来ます。福島も大変な状況です。東京より福島に近い宮城では津波被害をどう片付けるのか、奮闘しています。茨城も同様なのかと思います。他の被災地域も。

僕も含めて、帰る場所が無事な方々は、それぞれゆかりがある地に、ボランティアに行って少しだけでもお手伝いして、様子を知って、戻って友人に話をする。そして、それを聞いた人々がまた行動する。この連鎖が必要なんじゃないかと思います。

否が応でも、次の時代に突入してしまったのではないでしょうか。やるしかないんです。共に生きていきましょう。

2011年4月10日日曜日

個人的な事

13日の(水)〜17日(日)で宮城に行く事にしました。

主な目的は友人の顔をみるため。結婚式に来てもらうつもりだった高校時代の友人たちと、土曜日あたりに飲めたらいいなと、思っています。仙台の街中はガソリンの不足もないようなので、足はなんとかなるか、という見通しのもと。あとは、高校時代にお世話になった先生の所にも行くつもりです。必要があれば、一日がかりでお手伝いしてこようというつもりです。

もう一つの目的は、今のうちに、宮城の地がどういうことになっているのか、自分の目で見て、記憶したいと思ったからです。自分でどう感じるのか。怖い気がしています。しかし、現実なので、見る事ができるなら、そうした方がいいと。関係がある地だし、知っておく事が今の時代に生活している者として大事なんじゃないかと思いました。

それでどうするかは、まだわかりません。何か考えて、事実や感情を伝えるような事ができれば理想です。とにかく見るために、ボランティアで一日二日、働いて来ようと思っています。

正直な気持ちはこの二つです。自分勝手かもしれません。


前者の目的は、記したまでの事。しばらく顔を見せてなかったので、何もこのタイミングで、というのもありますが、こういう時だからこそ、そして体は無事だったからこそ会いに行こうと思いました。(大概、何かあってから、慌てて行動するという、、、。ゴメンナサイね。)

後者の目的は自分勝手な感情からですが、結果的に少しでも何かお役にたてるのなら、やればいい事なのかなと決断しました。余震もまだ続いているので、不安はもちろんあるのですが、友人たちもその中で暮らしています。それを思えば。出来る限り安全は確保した上で中野栄より東側に行ってこようと思っています。

そんな訳で、ボランティア精神という意味では、率先して向かっている方々に比べれば甘いと思います。邪魔にならないようにしてこようと思います。

なお、かなり個人的に行動しますので、その前提ですが、東京から自動車で向かう事にしています。時間等も僕の都合になってしまうと思いますが、少しでも有効に使えるなら、同乗や物を持っていってくれなど、御申し出下さい。今のところ、自分一人です。

2011年3月11日金曜日

お見舞い

この度は、大地震に遭遇された皆さまにお見舞い申し上げます。

友人が、仙台に多くいます。
ここ10年くらい、何度か大きな地震がありましたが、
今回はそれを上回りました。

これまでも、地震が起きる度に心配するものの、
結果的に、問題なかったという連絡をもらい安心しておりました。

今回は、どうもそういう訳にもいかなさそうで、正直落ち着きません。

明日、朝になると、かなりの事がわかってくると思います。

どうか、より多くの方々が助けられますように。


現在、参加している、「踊りに行くぜ!!II」 東京公演ですが、
11の公演は、現時点で明日(12日)19時に振替となりました。

しかしながら、12日15時の公演も、まだ、開催可否を判断できません。
開催の可否は明日12日12時に決定致します。

また開催されない場合の、払い戻し等の事についても、
その段階で、判断されるはずですので、
お越しの予定の方には、またお知らせ致します。

なお、携帯電話が通じにくくなっております。
私宛には、

twitterID:codacoda
skypeID:codacodadj もしくは codanoriaki
facebook:國府田典明

今夜中は通じます。
明日日中以降は外出しますので、twitterのDM等でお知らせ下さい。

それでは、お風邪等ひきませんように。

國府田典明

2011年1月4日火曜日

あけましておめでとうございます 2011


あけましておめでとうございます。いよいよ2010年代が実質的に動き始めようとするのかな、と何となく感じております。

今年はDJの回数を増やしたいです。やり方も試行錯誤して。あと興味ある方々とイベントや、何か形をつくることをしてみたいです。あとは、それらをいかに仕事にしていくか、、、。


もう既に語られていると思いますが、00年代は、"cafe" , "eco / sustainable" , "art / design" , "project" , "local / region" , "social" というようなキーワードが自分の身の周りにはありました。

私は、大学に入ってすぐの頃より、DJの活動やアート関連の活動などを通じて、交流が広がりました。これがちょうど2000年以降であり、20代がおよそこの10年と重なります。

ケータイに変えたのは、2000年の終わり。auが学割を始めたのがきっかけです。それまではPHSでした。自分で初めて所有したパソコンは、2001年の初めにCD-Rが作成できるPower Mac G4が出た時。インターネットを使い始めたのも実質この頃からです。追うように、デジカメやmini DV ビデオカメラも。デスクトップでいろいろできるようになりました。

00年代初頭、クラブでは Mix TAPE を配っていました。CDJがないお店もあって、レコードでDJするのが当然でした。"ラウンジ"や"カフェ"ミュージックなど いわゆる"生音"寄りの流行も。

2000年の夏に、新潟で 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレが始まりました。横浜トリエンナーレは2001年から。アサヒ・アートフェスティバルは2002年。東京デザイナーズブロックは2000年から始まりました。

これは個人的な経験ですが、2003年にエコデザインのシンポジウムがあり、少しだけお手伝いしました。2006年からはサステナブルデザイン国際会議が毎年行われています。

初めてblogを書いたのは2005年。その前後あたりでmixiも使い始めました。


ざっと、思う要素を並べてみました。最近では、日々見かけるもの。たぶん、普通になった。東京に住んでいるからなのか、単に、そのような集団の中にいるからそう感じるのかもしれませんけど。

20代の10年なので当然ですが、「この10年でだいぶ変わった」というのを、初めて実感しています。自分の興味に近い所では、アートやデザインは、だいぶ触れやすいものになったのではないか、と思います。各地でアートプロジェクトは行われるようになりました。

ご存知の通り、情報の流れ方も変わりました。10年前は情報の発信源は、TVや雑誌などでした。最近ではブログやtwitterから発信されて、その情報を、マスコミが取り上げるといったような、現象も起きています。

本格的に、個人というレベルで、情報やコンテンツのやり取りが行われ始めているのだと感じます。とにかく数が多いです。

このような状況で、自分が何をしていくのか、改めて考える必要があると感じています。時代もあるでしょうし、単純に、自分の人生の進行上の事でもあります。

物事にじっくり取り組む事の大事さを感じています。反面、のんびりもしていられない。次の10年程度は、いよいよ本質的なものが求められるのかな、と思っています。何を考えていて、どう生きていくのか、これを、いかに物事に反映させていくか。

何に取り組むかは、「個人的な」興味、価値観、思考で決まりそう。それを、どう発していくか、、、。

そんなような事を考えています。今年もよろしくお願い致します。

國府田典明

2010年8月30日月曜日

[独言] 淡路島生活

記録的酷暑の2010年の夏が過ぎていく。8月の大半を淡路島で過ごしている。おかげで、ここ4日程度は日射が強いものの、風が乾いているのか、心地よい。当然夜は過ごしやすい。


淡路島での生活。昨年に続き2度目、少しは慣れている。

当然、車社会。島内は50キロ道路でも40キロで走る事が多い。お年寄りが多いのだろう。たまねぎ満載のトラックもそんな感じ。ちなみに神戸淡路鳴門道には、最低速度(50キロ)が表示がされている。

食事は自炊。買い物は割り切ってジャスコ。23時まで営業。でも肉はそれほど安くない。遅い時間だと旬の野菜は売り切れている。外食はランチでも7〜800円かかる。(きょうランチが390円の店を見つけた。)。夜は20時までに終わるのが大半。お好み焼き、焼肉店などは遅くまでやっている。

コンビニはローソンが主流。(ちゃんとATM付き。)日用品はライフォート(やたら照明が明るい。)

資材等の買い物はコメリ。最寄りは21時まで。淡路島に結構な件数がある。材料も充実していて、別に必要ないのに妙な安心感。ちなみに、家電量販店は洲本方面へ行かなければならない。

宿舎は、ケータイはauはちゃんと電波が入る。(iPhoneは通話できない。)洗濯は乾燥機付きなので、入れておけば3時間程度で終わる。

ラジオは大阪圏と徳島圏の放送局が入る。聴くのはたいていfm802。JFL系なので、ついついj-waveと比べてしまう。j-popは多め。90年代モノのかけ方が若干ベタ。ヘビーローテーションのセンスはいいと思う。(去年も今年も。)週末や夕方のソウルっぽい選曲は、以前のj-waveっぽくてちょっと懐かしい感じ。それでもfm osakaよりはいいかなって思っちゃう。j-popが多い感じとジングルがアメリカンな感じなのは、東京周辺の独立局のようなノリ。

今は公演が迫っているので、時間を割くために、ジャスコに頼ったりしてしまうが、もう少し丁寧に直売所などを探せば、充実した生活が送れると思う。


海にはとりあえず、車で5分で出られる。ちょっと大きな海水浴場も30分程度。温泉も30分程度。この点はぜいたく。まともに買い物したければ、三宮へ1時間程度で出られる。

と、このように考えると、東京周辺では千葉とか、鎌倉とかそんな感じだろうか。それとも、さらに先、三浦とか茅ヶ崎とか?(確かに、駅ビルのようなものがないので、その利便性は除かれる。)小洒落たカフェなども、最近増えているようで、山の中や海に近い所にある。生活していく意欲があれば、千葉、鎌倉と同様な感じで生活できそうだ。

たぶん仕事をするのが難しいのかな、、、。一度は都市部で仕事を獲得して、フリーランスでこちらで生活するということであれば、考えられそう。実際、神戸へバスで通うのも可能なのだろうが、鉄道に比べれば高いし、若干ハードルがある。車も高速が必須という点が難点。

逆に、島内に渡れば、観光気分になれるので、雰囲気をつくるような仕事が、淡路島の今後のビジネスとして向いているかもしれない。この点は、地続きではできない事だと思う。お金を使ってくれる人を呼び込む、お金を使ってもいいなと思える場所にすると、若い人も仕事ができて、いい生活が送れそう。

これは、「観光」ってことなんだと思うけど、場所性に頼らないものが充実するといいのか。○○神社とかでなく、おいしいもの食べて、温泉入ってリラックスして、海眺めてリフレッシュして、とか、体を動かしてみる、アートに触れる、というタイプのものが、既存の手法としては当てはまるのか。当然、農業が主な地域なので、この点もうまく価値をつけて都市部の人を引き込めるのではないだろうか。

単純に豪華志向のホテルとかではなく、きちんと自然に触れられる、体のためになる、人のつながりを生む、というような事が適しているように思う。

東京圏で島となると、伊豆諸島で、船でいかなくてはならないけど、関西では車で来られてしまうのだから(淡路島じゃデカすぎて島っぽくないという話もあるけど、、、)、お手軽なんじゃないのかなと。もっと島らしくていいんじゃないのか。

そうやって見てみると、だいぶ余白ありそうだし、開拓(改拓?)できたら、面白そうだ。(ですよね?イデタさん!)

写真はコチラ

2010年8月26日木曜日

[記録] AAPA関西ツアー中盤

8月10日に大阪入り、11日から淡路島と、関西での滞在で半月が過ぎた。

ここまでの期間中は、昨日一昨日のCTT大阪上演会(=db神戸への創作)に向け、日々、日中は風力発電所でのガイド(合間に作業)→稽古→打合せ、な毎日で、充実してた、、、と思う。イケテルのかイケテナイのか日々悩みながら。

きょうは、一つ区切りがついた感じと、残す所あと1週間で「Outskirts」本番を迎えるという、狭間。大阪、京都から帰ってきたという、個人的感情もあると思うけど、きょうの淡路島の風は、完全に秋風。湿気が少ない。

滞在最初の1週間は環境づくり。地元の人に会いに行ったり、アプローチしたり、福良港をリサーチしたり、webの活用考えたり(twitterとかyoutubeとかblogとかですけど)

AAPA twitterID : @aapa_jp

AAPA YouTube


・永井美里ブログ / YouTube


2週目あたりで、他のダンサー、スタッフ陣1度目の合流(通しでの滞在メンバーは3名)、可能な限り稽古。試作しつつ、ウインドファームでの公演、大阪に合わせてまとめる。期間終盤で少ない時間だったけど、温泉へ行ったり、出田氏の海岸でBBQしたり。yahmanがだいぶ運転してくれたので助かった。

そしてCTT大阪上演会。こちらは、3つの作品の試演会。
本番前に一度、人前で見せる「試演」を初めてやってみたが、なかなかいいものだなと。

「途中段階で一度まとめられる」→適度な緊張感のもとに、創作も進む。
「反応が見られる」→本番に向けてのベクトルを確認できる。問題点も確認できる。
「他の作品も見る事ができる」→気分転換、刺激、お客さんの共有。

上演だけでなく、見た後に合評会もあるから、試演といえどもシビア。特に、自分が作っている音は、我流もいいところなので、どう受け止められるのか、正直怖かった。東京ならまだしも、知り合いもいない大阪で、しかも劇場だったので、完全にAwayのAway。どんな事になるのやら、、、。

頂いた反応。音に関しては「ダンスと環境音楽がだんだん合ってきてよかった」という、ご意見も頂き、だいぶビビってたので、ホッ(嬉)。全体的には、舞台上の動作のバランス具合など、神戸に向けての判断材料を少しでも頂けたのは、有り難いことだと思う。

大阪本番もやりながら思った事は「稽古」というものの大事さ。
適切な慣れの重ねの上での余裕、その余裕が可能にする新たな小さな挑戦が、表現を広げていくのだと。

「稽古」を意識し始めたのは、昨年末に、ヨーロッパツアー前の挨拶で、大野一雄舞踏研究所の稽古場へお邪魔したときに、慶人さんが受講生に仰っていた事、正確には覚えてないけど、日々繰り返し稽古する事が大事だ。ただ繰り返すのでなく、その都度、何をやるか決めて取り組む、という意味のこと。よく言われていることだと思うけど、いわゆる出演者が集っての稽古だけでなく、個人の営みとしての稽古が、特に表現においては大事だなと思った。本番を前提としていない生活としての稽古というものが、大事だなと。本当に当然なことだけど、改めて日々感じております。

回数を重ねる事で、手や体が覚えて判断が速くなる。
ミスにもぶつかるので、対応方法も準備できる。

大阪本番でもいろいろあったけど、神戸に向けて、あと1週間重ねたいと思う。

ちなみに個人的なこの間の写真はコチラ